はじめに
豚の食肉の中心部の温度を63℃で30分以上加熱するか、これと同等以上の殺菌効果がある方法で加熱殺菌すること、間違っても特定加熱食肉製品の63℃瞬時と同等の加熱基準は持ち出さないでください。
ここでは、個別のリスクを考えて加熱温度と時間を求めるわけではありません。63℃30分と同等の加熱温度と時間と63℃30分と同等の加熱温度と時間Ⅱで示したZ値(8、6.5、5)の3つのパターンの安全性の確認に主眼を置いています。Z値の影響の大きい低い温度55℃での安全性の確認をもってそれ以上の温度も同様と考えます。
食品安全委員会の想定していると思われるD値ないしは近い数値・平均的な数値での考察。D値は菌株、脂肪量、pH、水分活性その他の要素で異なります。D値とは菌数を10分の1にするのにかかる時間。
共通の危険要因
食中毒の原因細菌
特徴及び対策 55℃でのD値(一例)
酸素濃度5~15%で増殖。大気中(酸素濃度約 21%)や、酸素が全くない環境では増殖できない。食品中ではほとんど増殖しない。少量の菌数でも発症する。
D値 55℃ 2.12~2.25分 (食品安全委員会, 2009)
少数の菌数でも発症することがある。
D値 55℃ 26.97分 (R. Y. MURPHY et al. ,2001)
冷蔵庫の温度でも増殖する。通常、食べる前に加熱しないでそのまま食べられる調理済みの食品が食中毒の原因となることが多い。健康な人では無症状で経過することが多いが、高齢者、幼児、妊婦、免疫不全の患者はリステリア症を発症しやすい。
D値 55℃ 48.14分 (Russell P et al., 2004)
少量の摂取菌量でも発症する。
D値 55℃ 21.69~23.25分 (S.E. SMITH et al., 2001)
冷蔵庫内の食品中でも増殖する。
D値 55°C ~2分 (MPI, 2010)
手をよく洗う。怪我した手で食材を触らない。
ある程度増えると熱に強い毒素を生成するので、付けない、増やさない、毒素を生成する前にやっつける
D値 55℃ 18.0分 (J. Kennedy et al.,2005)
調理が済んだ食品はすぐに食べる。室温で緩慢に冷まさない。
耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。
米におけるセレウス菌のD値 (van Asselt and Zwietering, 2006)
100℃ 1.2~7.5分 120℃(465データ点の平均)2.5秒
調理が済んだ食品はすぐに食べる。室温で緩慢に冷まさない。
耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。
ウエルシュ菌のD値 (MPI ,2010)
栄養細胞 70℃ 23秒(平均) 126秒(95th percentile)
芽胞 120℃ 18秒(平均) 161秒(95th percentile)
自家製の缶詰、保存食品、発酵食品等長期間保存されること多い食品が食中毒の原因になりやすい。調理が済んだ食品はすぐに食べる。
耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。
ボツリヌス菌のD値 (MIP ,2010)
タンパク分解菌(I群)
100℃ 25分 121℃ 0.1~0.2分
タンパク非分解菌(II群)
100℃ 0.1分未満 121℃ 0.001分未満
詳しくはそれぞれの個別ページで
原因名 | 倍加時間 | 発症菌数 | 発育条件 | 至適条件 | ||||
温度域 | pH | 水分活性 | 温度域 | pH | 水分活性 | |||
カンピロバクター属菌 | 約1時間 | 500以上 100程度でも感染あり | 31~46℃ | 4.9~9.0 | 0.99以上 | 42~43℃ | 6.5~7.5 | 0.99 |
サルモネラ属菌 | 21分 | 105~106 きわめて少量の101~102で発症することも | 5.2~46.2℃ | 3.8~9.5 | 0.94以上 | 35~43℃ | 7~7.5 | 0.99 |
リステリア菌 | 126分 | 106 /g 健康状態より個人差あり | -1.5~45℃ | 5.6~9.6 | 0.92以上 | 30~35℃ | 7 | 0.99 |
病原大腸菌 | 17分 | 10~100程度 | 7~46℃ | 4.4~9 | 0.95以上 | 35~40℃ | 6~7 | 0.99 |
エルシニア菌 | 43.5分 | 104~106 | 0~44℃ | 4~10 | 0.98以上 | 28~29℃ | 7.2~7.5 | 0.99 |
黄色ブドウ球菌 | 27分 | 毒素による発症 | 6.7~48℃ | 4~9.6 | 0.83以上 | 35~40℃ | 6~7 | 0.98 |
セレウス菌 | 17分 | 105~108/gと毒素によるものので別症状 | 10~48℃ | 4.9~9.3 | 0.91以上 | 28~35℃ | 6~7 | 0.98 |
ウエルシュ菌 | 10分未満 | 108~109 | 10~52℃ | 5~9 | 0.95以上 | 37~45℃ | 7 | 0.98 |
ボツリヌス菌 Ⅰ群 | 35分 | 毒素による発症 | 10~48℃ | 4.0~9.6 | 0.94以上 | 37~40℃ | 6~7 | 0.98 |
Ⅱ群 | 3.3~45℃ | 5.0~9.6 | 0.97以上 | 30℃ | 6~7 | 0.99 |
※表についてデータの出展によって多少の違いがあり
倍加時間:世代時間、平均世代時間とも言う。微生物が1回分裂して倍の量になるのに要する時間。(ここでは栄養の十分にある発育に適した条件での数値)
pH:7なら中性、それより大きければアルカリ性、小さければ酸性
水分活性:食品の水分は%で表さないで、食品中で微生物が生育するために利用できる水分割合を示す水分活性Aw(Water activity)として表示される
豚肉の危険要因
E型肝炎ウイルス
豚肉のリスク考える上で一番難しい問題です。詳しくはE型肝炎ウイルスの個別ページで。
- 豚肉(筋肉部分)にE型肝炎ウイルスが存在するのか
- E型肝炎ウイルスを不活化するのための加熱温度と時間について
の二つが問題である。
豚肉(筋肉部分)にE型肝炎ウイルスが存在するのか
- 大部分の豚がE型肝炎ウイルスの抗体を持っている(農場による差がある)。つまり一度はE型肝炎ウイルスに感染していて、出荷時にはほどんどが治っている。
- 市場のE型肝炎ウイルス汚染調査で豚肉・ひき肉150サンプルからE型肝炎ウイルスは見つかっていない。他の調査でも輸入豚肉224サンプルからもE型肝炎ウイルスは見つかっていない。
- 豚レバーで1.8~10%でE型肝炎ウイルスが検出。
- 静脈注射でE型肝炎を発症させた豚の筋肉にはE型肝炎ウイルスが存在するのに市販される豚の筋肉に存在しないと言えるのか。(筋肉部分からもE型肝炎ウイルスが検出 血液等による2次汚染かは不明)
- 生または加熱不十分の豚肉(筋肉部分)を食べてE型肝炎になったひとがいない。(潜伏期間が平均6週間あるので特定が難しい、表に症状が出ない場合もあるので把握できないのではないのか)因果関係が証明されていないだけで疑いはある。
- 日本人の5%程度が抗体を持っている。地域によっては40~50代で20~30%にのぼる県もある。
E型肝炎ウイルスを不活化するのための加熱温度と時間について
- 56℃ 1時間で一般的に安全とされる3log10の減少
- 56℃ 1時間では50%程度しか不活化されない。(3log10の減少を考えると単純計算で10時間程度はかかる)
と異なる知見がある。
HEV による用量反応関係が不明であること、豚の食肉の HEV による汚染濃度等のデータも限られていることから、豚の食肉の生食の HEV のリスクを定量的に推定することは現時点では困難である。しかしながら、豚の食肉の喫食との関連が疑われる E 型肝炎患者が報告されていること、市販の豚の肝臓においても、HEV 遺伝子が検出されていること、肝臓のみならず腸管、筋肉等からも HEV の RNA が検出されていること等から、豚の食肉の生食又は加熱不十分な状態での喫食による、E 型肝炎発症のリスクは一定程度あると考えられる。
63℃ 30分の加熱条件で、HEV の不活化が確認される知見もあること、日本において、現時点において、中心温度が 63℃ 30分間又はそれと同等以上の加熱殺菌を行うことが食品衛生法に基づく規格基準により定められている加熱食肉製品による E 型肝炎患者の事例報告は確認されていないことから、豚の食肉の中心温度を 63℃ 30分間又はそれと同等以上の加熱を行うことにより、HEV は一定程度減少すると考えられる。
引用:食品安全委員会 「微生物・ウイルス・寄生虫評価書 豚の食肉の生食に係る 食品健康影響評価」
食品安全委員会は63℃30分の加熱条件でもE型肝炎ウイルスは一定程度の減少との認識です。
E型肝炎ウイルスまとめ
HEV による用量反応関係が不明であること、豚の食肉の HEV による汚染濃度等のデータも限られていることから、豚の食肉の生食の HEV のリスクを定量的に推定することは現時点では困難である。しかしながら、豚の食肉の喫食との関連が疑われる E 型肝炎患者が報告されていること、市販の豚の肝臓においても、HEV 遺伝子が検出されていること、肝臓のみならず腸管、筋肉等からも HEV の RNA が検出されていること等から、豚の食肉の生食又は加熱不十分な状態での喫食による、E 型肝炎発症のリスクは一定程度あると考えられる。
引用:食品安全委員会 「微生物・ウイルス・寄生虫評価書 豚の食肉の生食に係る 食品健康影響評価」
豚のE型肝炎ウイルスによる内部汚染、二次汚染の可能性もあるので豚の筋肉部分にもE型肝炎ウイルスが存在すると考えるべき。
豚肉のE型肝炎ウイルスについてのリスクが分からない、または大きいと考えるのであれば、中心温度71℃で20分の加熱を行ってください。低温調理で十分にリスクを軽減できると考えるのであれば、それに見合った加熱温度と時間で行ってください。
寄生虫
他の微生物の殺菌を考える中で十分に不活化できるので、詳しくは個別ページで
豚コレラについて(追記2019/02/18)
豚コレラは、豚やいのししの病気であって人に感染することはなく、仮に豚コレラにかかった豚の肉や内臓を食べても人体に影響はありません。また、感染豚の肉が市場に出回ることはありません。(厚生労働省HP)2019年12月を最後に本州での新規発生は確認されていない
そういわれても心配だという方には、加熱による不活性化については65.5℃で30分、71℃で1分となってるので参考までに。
まとめ
E型肝炎ウイルスのリスクをどう考えるのかで、安心できるか変わってくる。
一般的に適当とされる5D~7Dの減少を達成するかどうか。
ここでは、少数の菌で発症するものは7D、つまり初期の菌数の10000000分の1、ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌を除くその他の菌は6D以上、つまり初期の菌数の1000000分の1を安全のラインと考えています。E型肝炎ウイルスについては1000分の1。 (適切に保存・調理され、すぐに食べることを前提)
※リステリア菌のリスク大きく考えている方は、63℃30分と同等の加熱温度と時間の一番下の表を参考にしてください。
- 『63℃30分と同等』の加熱温度と時間 Z=8の場合
55℃で5時間なので、リステリア菌6D 他の微生物については7D以上の減少(ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌を除く)。E型肝炎ウイルスの「56℃ 1時間で一般的に安全とされる3log10の減少」と考え、リステリア菌のリスクが高くないのであれば、56℃以上なら問題ないのではないか。55℃、55.5℃についてのE型肝炎ウイルスの詳細なデータがないのでその部分については不明のため。
- 『63℃30分と同等』の加熱温度と時間 Z=6.5の場合
55℃で8時間30分なので、すべての菌について7D以上の減少(ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌を除く)。E型肝炎ウイルスの「56℃ 1時間で一般的に安全とされる3log10の減少」と考えるのならば、56℃以上なら問題ないのではないか。55℃、55.5℃についてのE型肝炎ウイルスの詳細なデータがないのでその部分については不明のため。
- 『63℃30分と同等』の加熱温度と時間 Z=5の場合
55℃で19時間54分なので、すべての菌について7D以上の減少(ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌を除く)。56℃で12時間33分でE型肝炎ウイルスの「56℃ 1時間では50%程度しか不活化されない。3log10の減少を考えると単純計算で10時間程度かかる。」部分についてもクリアできる。が55℃、55.5℃についての詳細なデータがないのでその部分については不明。
当然ながら使用する各微生物のD値を変えれば、結果も変わります。
55℃より低い温度ではデータ量が十分ではなく、調理時間を設定するD値を使ってのアプローチは、適切でない場合があり十分に安全とはいえない。(MPI Technical Paper)のに加えて、E型肝炎ウイルスの55℃、55.5℃の不活性化について詳細がわからないので少なくとも中心温度56℃以上で低温調理してください。E型肝炎ウイルスのリスクがわからないまたは大きいと考える場合は71℃で20分以上の加熱を行ってください。また、肉の温度と時間だけでなく、調理環境など他の衛生面にも注意して他の食中毒のリスクも減らしてください。
特に、肝臓に疾患のある人、免疫不全の人及び妊婦は、HEV によるE型肝炎がより劇症化しやすいとの知見があるのでお気をつけください。
調理時間の設定については下のページを参考にしてください。
参考
OIE-World Organisation for Animal Health HP
CLASSICAL SWINE FEVER (hog cholera),OIE 2009
他の参考文献については量が多くなるので各微生物の個別ページを参照してください。