低温調理

低温調理 63℃30分の加熱の根拠を考える

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まず、低温調理で食の安全・安心を考える上でいろいろ調べてたどり着くのが「中心部の温度を63℃で30分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌すること」ですが、なんで63℃30分なのか理由が知りたい、根拠が気になったのでどの微生物をどれくらいやっつけれるのか見ていきます。食肉に限ってであり魚介類については別です。

食中毒の原因となる細菌・ウイルス

まず、食中毒の原因となる細菌・ウイルスとそのD値を確認しましょう。D値は菌株、脂肪量、pH、水分活性その他の要素で異なります。D値とは菌数を10分の1にするのにかかる時間。寄生虫に関しては熱に強くないのでここでは扱いません、詳しくは個別ページ参照してください。

諸外国では、調理の安全基準やガイドラインの中で想定する菌のD値を明記して「〇〇菌を6D減少する時間や、6.5D減少する時間」と言ったように、基準のD値と殺菌の目安を提供してくれています。ですが日本では「中心部の温度を63℃で30分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌すること」と根拠や理由の説明もなく、各菌のファクトシートやリスクプロファイルといったものまで目を通せば、ある程度は見えてくるものの、この規定の想定した各菌のD値というものは明示されていません。

食品安全委員会や農林水産省、海外の公的機関のレポートにあるD値を代わりに使って考えていきます。

食中毒の主な原因細菌

特徴とD値

カンピロバクター

酸素濃度515%で増殖。大気中(酸素濃度約 21%)や、酸素が全くない環境では増殖できない。食品中ではほとんど増殖しない。少量の菌数でも発症する。

カンピロバクターのD値 (the Ministry of Health NZ by ESR Ltd,2001)

50℃ 1~6.3分  55℃ 0.6~2.3分  60℃ 0.2~0.3

サルモネラ菌

少数の菌数でも発症することがある。

牛肉及び豚肉におけるサルモネラ菌のD値 (Ministry for Primary Industries NZ, 2015) ※95th Percentile

55℃ 69.9分 60℃ 12.2分 63℃ 3.1分

percentile :計測値の分布(ばらつき)を小さい数字から大きい数字に並べ変え、パーセント表示することによって、小さい数字から大きな数字に並べ変えた計測値においてどこに位置するのかを測定する単位。例えば、計測値として100個ある場合、95パーセンタイルであれば小さい方から数えて95番目に位置する。

リステリア菌

冷蔵庫の温度でも増殖する。通常、食べる前に加熱しないでそのまま食べられる調理済みの食品が食中毒の原因となることが多い。健康な人では無症状で経過することが多いが、高齢者、幼児、妊婦、免疫不全の患者はリステリア症を発症しやすい。

リステリア菌のD値 (Ministry for Primary Industries NZ, 2015) ※95th Percentile

55℃ 95.2分 60℃ 15.2分 63℃ 5.1分

リステリア菌のD値 (FAD, 2018)

63℃ 2.84分 65℃ 1.55分

病原大腸菌 腸管出血性大腸菌含む

少量の摂取菌量でも発症する。

牛肉、豚肉におけるO157H7及び他のSTEC血清型を含む大腸菌のD値 (ESR NZ,2015) ※95th Percentile 

55℃ 33.6分 60℃ 6.1分 63℃ 2.2

エルシニア菌

冷蔵庫内の食品中でも増殖する。

牛ひき肉におけるエルシニア菌のD値 (D.J. Bolton et al. ,2000)

50℃ 21.2分 55℃ 1.92分 60℃ 0.97

黄色ブドウ球菌

環境中に広く分布し、健常人の鼻腔、咽頭、腸管等にも生息しており、その保菌率は約50%といわれている。手をよく洗う。怪我した手で食材を触らない。

ある程度増えると熱に強い毒素を生成するので、付けない、増やさない、毒素を生成する前にやっつける。

培養地での黄色ブドウ球菌のD値 (J. Kennedy et al. ,2005)

50℃ 109.7分 55℃ 18.0分 60℃ 6.5分 63℃ 2.7分

 

詳しくはそれぞれの個別ページで

原因名 倍加時間 発症菌数 発育条件 至適条件
温度域 pH 水分活性 温度域 pH 水分活性
カンピロバクター属菌 約1時間 500以上 100程度でも感染あり 31~46℃ 4.9~9.0 0.99以上 42~43℃ 6.5~7.5 0.99
サルモネラ属菌 21分 105~106 きわめて少量の101~102で発症することも 5.2~46.2℃ 3.8~9.5 0.94以上 35~43℃ 7~7.5 0.99
リステリア菌 126分 10/g 健康状態より個人差あり -1.5~45℃ 5.6~9.6 0.92以上 30~35℃ 7 0.99
病原大腸菌 17分 10~100程度 7~46℃ 4.4~9 0.95以上 35~40℃ 6~7 0.99
エルシニア菌 43.5分  104106 0~44℃ 4~10 0.98以上 28~29℃ 7.2~7.5 0.99
黄色ブドウ球菌 27分 毒素による発症 6.7~48℃ 4~9.6 0.83以上 35~40℃ 6~7 0.98
セレウス菌 17分  105108/gと毒素によるものので別症状 10~48℃ 4.9~9.3 0.91以上 28~35℃ 6~7 0.98
ウエルシュ菌 10分未満 108109 10~52℃ 5~9 0.95以上 37~45℃ 7 0.98
ボツリヌス菌 Ⅰ群 35分 毒素による発症 10~48℃ 4.0~9.6 0.94以上 37~40℃ 6~7 0.98
Ⅱ群 3.3~45℃ 5.0~9.6 0.97以上 30℃ 6~7 0.99

表については知見により多少の違いがあり

倍加時間:世代時間、平均世代時間とも言う。微生物が1回分裂して倍の量になるのに要する時間。(ここでは栄養の十分にある発育に適した条件での数値)

pH:7なら中性、それより大きければアルカリ性、小さければ酸性

水分活性:食品の水分は%で表さないで、食品中で微生物が生育するために利用できる水分割合を示す水分活性Aw(Water activity)として表示される

 

セレウス菌

調理が済んだ食品はすぐに食べる。室温で緩慢に冷まさない。

耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。

米におけるセレウス菌のD値 (van Asselt and Zwietering, 2006)

100℃ 1.27.5分 120℃465データ点の平均)2.5

ウエルシュ菌

調理が済んだ食品はすぐに食べる。室温で緩慢に冷まさない。

耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。

ウエルシュ菌のD値 (MPI ,2010)

栄養細胞 70℃ 23(平均) 126(95th percentile)

芽胞 120℃ 18(平均) 161(95th percentile)

ボツリヌス菌

自家製の缶詰、保存食品、発酵食品等長期間保存されること多い食品が食中毒の原因になりやすい。調理が済んだ食品はすぐに食べる。

耐熱性の芽胞を形成するため低温調理では対処できないので、増やさない。

ボツリヌス菌のD値 (MIP ,2010)

タンパク分解菌(I群)

100℃ 25分 121℃ 0.10.2分

タンパク非分解菌(II群)

100℃ 0.1分未満 121℃ 0.001分未満

食中毒の主な原因ウイルス

E型肝炎ウイルス

E型肝炎ウイルスについては、培養システムが確立していなかったので正確に把握できていることが少ない。詳しくは個別ページ参照。

63℃ 30分の加熱条件で、HEV の不活化が確認される知見もあること、日本において、現時点において、中心温度が 63℃ 30分間又はそれと同等以上の加熱殺菌を行うことが食品衛生法に基づく規格基準により定められている加熱食肉製品による E 型肝炎患者の事例報告は確認されていないことから、豚の食肉の中心温度を 63℃ 30分間又はそれと同等以上の加熱を行うことにより、HEV は一定程度減少すると考えられる。しかしながら、その他の知見も含めて総合的に勘案すると、HEV が豚の食肉内で不活化される温度や時間条件については、実験の条件(不活化されたと判断する検査方法、加熱方法、検体の大きさ等を含む。)、感染ウイルス量、実験に用いた食品の脂質含量等によって大きく変動すると推定される。すなわち、仮に PC を 2 log 減少させるとしても、それを Process criteria(工程規格(ここでは加熱殺菌条件))に変換する段階における不確実性が極めて大きく、現段階で一律の加熱殺菌条件を示すことは難しいと考えられる。

引用:食品安全委員会 「微生物・ウイルス・寄生虫評価書 豚の食肉の生食に係る 食品健康影響評価」

中心温度を63℃ 30分間又はそれと同等以上の加熱を行うことにより、E型肝炎ウイルスは一定程度減少すると考えられる。一番保守的な安全側にたったものは71℃で20分の加熱。詳しくは、食品安全委員会 「微生物・ウイルス・寄生虫評価書 豚の食肉の生食に係る 食品健康影響評価」PDF

D値で考える安全性

安全のライン

では、どのくらいの菌を殺せば安全(社会が許容できるリスク)といえるのか、これは一般的に5D~7Dの減少をもって適当とされています。つまり初期菌数を10万~1千万分の1にすればよいということです。

例えば、肉1gあたり菌が1000個存在するとして、6D減少させると1gあたり0.001個となり1kg食べて菌1個摂取するという計算になります。上の表の発症菌数を見てもらえば分かるように食中毒になるにはある程度の数の菌の摂取が条件となっています。初期の菌数や発症に必要な菌数にもよりますが、一般的に適当とされるのは5D~7D(サルモネラ菌については6.5D)以上の減少といわれています。

食中毒の主な原因細菌の殺菌時間

セレウス菌、ウエルシュ菌、ボツリヌス菌については通常の調理では殺菌が困難ですが、食中毒の発症に必要な菌数が多く、緩慢な冷却や55℃より低い温度での低温調理、長期保存での増殖を考えていない食肉の低温調理では考慮しません。

カンピロバクターやエルシニア菌については他の食中毒原因菌に比べ熱に弱いので、他の菌の殺菌時間を考えて十二分に殺菌できます。

ということで、サルモネラ菌、リステリア菌、病原大腸菌(腸管出血性大腸菌を含む)、黄色ブドウ球菌についてみてみます。

サルモネラ菌

7Dの減少にかかる時間 63℃ 21.7分 (Ministry for Primary Industries NZ, 2015) ※95th Percentile

リステリア菌

7Dの減少にかかる時間

63℃ 35.7分 (Ministry for Primary Industries NZ, 2015) ※95th Percentile

63℃ 19.88分 (FAD, 2018)

日本が想定するD値がわからく差が大きいため、95パーセントタイルで保守的なニュージーランドの想定するD値とアメリカの想定する平均的なD値を併記しました。

病原大腸菌(腸管出血性大腸菌を含む)

7Dの減少にかかる時間 63℃ 15.4分 (ESR NZ,2015) ※95th Percentile 

黄色ブドウ球菌

7Dの減少にかかる時間 63℃ 18.9分

まとめ

63℃30分とは、上記の殺菌時間をみて食中毒の主な原因菌を1千万分の1にする7Dの減少にかかる時間に数分の余裕を持たせた時間もしくは、少量の菌でも食中毒になるようなものについては8Dの減少なのではないでしょうか。(リステリア菌に関してはMinistry for Primary Industries NZのD値で考えると6D程度)

また、E型肝炎ウイルスについては、63℃30分では一定程度の減少。

今朝の朝食も、昨日の晩御飯も、食品について「ゼロリスクはない」ということを理解して、「納得した上での選択」が重要です。「納得」するためには、情報・知識が必要です。加熱温度と時間だけ注意するのではなく、二次汚染防止の観点からも調理環境の衛生管理もしっかりしてください。

参考:国立感染症研究所HP

農林水産省 食品安全に関するリスクプロファイルシート

農林水産省 HP 市販豚肉のウイルス汚染状況調査(平成26年度)

食品安全委員会 ファクトシート

内閣府 平成21年度食品安全確保総合調査 「食品により媒介される感染症等に関する文献調査報告書」 社団法人 畜産技術協会作成 平成223

厚生労働省HP

「食品衛生の窓」東京都福祉保健局 HP

公益社団法人 日本食品衛生協会 HP

食品安全委員会 「微生物・ウイルス・寄生虫評価書 豚の食肉の生食に係る 食品健康影響評価」 2015年2月

WHO HP

MPI - Ministry for Primary Industries New Zealand HP

Department for Environment, Food & Rural Affairs - GOV.UK HP

Review of Microbial Pathogen Inactivation Relevant to Sous Vide Cooking at Temperatures below 55°C’ MPI Technical Paper No: 2017/35 Prepared for MPI by Beverley Horn and Joanne Hewitt (ESR) Helen Withers, Lisa Olsen and Janet Lymburn (MPI) August 2016

D and z valuesfor the heat inactivation of pathogens in raw meat Final Report MPI Technical Paper No: 2016/05 INSTITUTE OF ENVIRONMENTAL SCIENCE AND RESEARCH LIMITED New Zealand

Centers for Disease Control and Prevention HP

FDA Draft Guidance for Industry: Hazard Analysis and Risk-Based Preventive Controls for Human Food

anses  Data sheet on foodborne biological hazards

食品健康影響評価のためのリスクプロファイル. ~ ブタ肉におけるE型肝炎ウイルス ~(改訂版)食品安全委員会 20121

第427回食品安全委員会(平成24年4月12日)における小泉委員長発言(抄)









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